最近、良い事がありました!色々あった自分の人生を少し振り返り考えてみました。

自分のこと(自叙伝)

 どうもkazuです(^^♪

 今回の記事は、カメラやキャンプのことでは無く、「kazu自身のこと」を書きます。興味の無い方は全然スルーして貰っても構いません(^^♪

 自分のブログなので、落書き程度にちょっとずつ「自身のこと」に触れていき、自叙伝みたいな感じで、記録と共に書き綴っていこうかなーって思っています(笑)。

 一年後、二年後に読み返すと面白いかなって(笑)。

2021年現在、今の自分の人生を振り返ってみて。

 kazuは年齢を非公開にしていません。今年で35歳になります。

 段々と年を重ねるにつれ、体力や記憶力、判断力など鈍くなってきているのが分かります(笑)。やばい(笑)。

 何より最近は、時間がとても早く感じるようになりました。

 そんなkazuですが、色々あった人生を振り返り、少し自分のことに触れていきたいと思います。

実は離婚しています。

 実はkazuは、二年ほど前の32歳の時に離婚しています。

 なぜ、こんな記事を書いているかと言うと、時間の経過と共に当時の離婚の辛さや痛みなどが少し和らいできたと感じたからです(笑)。

 男という物はいつまでも「後悔」をする生き物だと思っています。男って本当に弱い生き物で、女性の方に比べて、「プライドが高い生き物」だと思っています(笑)。

 そして、離婚してから2年が経ち、ようやく「心の整理」ができたので、ここに記事として残したいと思いました。

 離婚した当時は、「絶望という言葉が一番しっくりくる状態」で、「何をしても面白くないし、生きていても意味がない。」と、かなりネガティブな日々を送っていたのを思い出します。

1つの映画を見て気が付いたこと。

 そんな経験をしたことのあるkazuですが、最近一つの映画を見ました。

 どんな映画かと言うと、2021年1月公開の「花束みたいな恋をした」という映画です。

 キャストが「菅田将暉」に「有村架純」、脚本に「坂元裕二」の恋愛映画になります。

 ちょっとネタバレも含みますので、ご注意下さい。

 あらすじは、あるきっかけから付き合うことになった二人。5年という歳月を得て二人は成長していきますが、「安定した生活を送りたい現実を夢みる男性」と、「出会った時と変わらない時間を送ることを理想として日々を描いている女性」が、5年という歳月で変化していく社会や生活の出来事の中で、「相手に対する想いの摩擦」が生じ、そして気持ちが擦れ違っていき、結果的に「思い出の場所で別れを迎えてしまう物語」になります。

 すごくキュンキュンした恋愛物語だと思って見たのですが、かなり「現実的なカウンター」を食らった映画でした(笑)。

 カウンターを食らったという表現ですが、この映画の中で菅田将暉演じる「麦」という男性と、有村架純演じる「絹」という女性が、映画中盤に喧嘩するシーンがあるのですが、これがkazu自身が過去に経験した「夫婦喧嘩」と重なり、何ともいえない感情が沸き起こりました。

 当時の喧嘩の理由なんて大したことでは無く、相手に寄り添えていなかった過去を思い出してしまい、あらためて腹にジャブを一撃入れられた感覚です(笑)。

 「あの時、こんな感じで喧嘩してたな。あの時の言葉って本当にひどかったな。」とか、「結婚して一度は同じ夢を見てたはずだけど、一人の女性を幸せにできなかったんだよな。」とか、かなりネガティブに考えながら映画の後半パートを見ていました。

 そして、麦や絹に感情移入したまま最後のワンシーンでは、思い出の喫茶店で互いに別れを告げ合うシーンがあるのですが、実は、kazu自身も離婚が決まったことで、離婚をする前日にレストランで最後の食事をしたいとお誘いした事実があり、しかも、そのレストランで披露宴を行ったということも、二人の思い出の場所として重なったりしました(笑)。

 映画の最後のワンシーンは、現実で経験したレストランとのシーンとダブってしまい、何とも言えない気持ちになってしまいました。気付いたら思わず我慢できず泣いてしまいました(笑)。

 そんなフィクションだけど現実味のある「花束みたいな恋をした」という映画が、少なからずkazuに「何かを与えてくれた」のは事実でした。

映画「花束みたいな恋をした」

自身の気持ちを「整理」した瞬間

 この映画を見終わって、心の中がすっきりした感覚になりました。

 当時を思い出すと、離婚する前日のレストランでkazuは泣いていません。

 しかし、映画を見て、あの最後の喫茶店のシーンを見て泣いた=過去に戻り泣いた。と、あらためて自身の過去を清算=解釈することができたと思っています。

 第三者の目線でロールプレイ(役割演技)を見て、それが自身の触れたくなかった「離婚というしこり」に触れ、向き合うことができた瞬間になったのでは無いかと感じます。

 「あの時の自分(32歳の自分)に、過ぎてしまったことを後悔しても遅いし、今を生きていくことに意味がある。何より、当時好きだった女性のことを想って涙をするのはこれで最後にしよう。」

と、心の中で告げることができました。

 人は、生きている限り、触れられたくない出来事があって、それを隠し生きていくことが多い生き物だと思っています。

 しかし、時にはさらけ出して、オープンにする(気持ちを楽にする)作業も必要では無いかと感じました。

 もちろん冒頭で述べた通り「男はプライドの高い生き物」であり、どこか自分という物を堅守してしまう側面を持っています。

 そういった「自分の弱さ」を見せる場所というものがkazuには無かったのかも知れません。

そして、前向きに「今」を生きていく。

 離婚した当時を思い出しましたが、少なからず「嫌な思い出」だったと、捉えることはできません。なぜなら、離婚という事実も「kazuの生きてきた証」だと思えるからです。

 優里という歌手のドライフラワーという曲の歌詞にあるように「ドライフラワーみたいに、君との日々も、きっときっときっときっと、色褪せる」と素敵な表現が示すように、「花の色=思い出」は、時間と共に色あせるけど、「色褪せた花=過去」はいつまでも心に残っていくと思っています。

 一年後、二年後、三年後と、この記事を読み返す機会があれば、この時の気持ちを忘れないで欲しいと思っています。

 前向きに考えられることが「嬉しく感じた」。そして、このブログと共に成長していきたいと思います。

 こんなkazuですが、引き続き宜しくお願いします(^^♪

 最後まで読んで下さってありがとうございます。


「花束みたいな恋をした」の公式サイトは下記を参照下さい。

映画『花束みたいな恋をした』公式サイト


優里 – ドライフラワー / THE FIRST TAKE

 

 

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